お漬け物の話――ばあちゃんの浅漬けと、半年熟成の味噌漬けと

いろんな漬け物

ばあちゃんの浅漬けが好きだった。

白菜を塩でもんで、重しをのせて、数時間待つ。それだけのものなのに、なんともいえないうまさがあった。子どものころ、食卓に出てくるたびに手が伸びた。母もよくつくっていた。そして今は、自分がつくっている。娘が喜ぶからだ。

大人になってから、ふとあの味の正体を考えた。

答えは単純だった。味の素だ(笑)

それでも、うまかった。ばあちゃんの自家製の浅漬けは、最高にうまかった。

二百種類という豊かさ

日本の漬物は、二百種類以上あるといわれている。

たくあん、野沢菜、柴漬け、奈良漬け、粕漬け、味噌漬け、福神漬け、千枚漬け、すんき漬け——。ならべだしたらキリがない。それぞれに産地があり、歴史があり、つくり手がいる。

漬け床も多様である。塩、糠、味噌、酢、醤油、酒粕、麹——。日本人は古来、ありとあらゆる方法で食材を漬けてきた。なぜそれほど多くの漬け物が生まれたのか。

答えはひとつ。

腐らせたくなかったから。

冷蔵庫のない時代、食材をいかに長もちさせるかは、死活問題だった。塩で水分を引き出して浸透圧を操り、乳酸菌の力を借り、味噌や糠の微生物に守ってもらう。日本列島の各地で、人々は手元にあるものを使って、食材を腐らせない方法を考え続けた。

その積み重ねが、二百種類という数になった。

ローカル線と、割烹着のお母ちゃん

仕事で一度、漬物の取材に行ったことがある。

熊本のローカル線に乗り、ずいぶん奥まった場所まで行った。田んぼと山しかない集落に、小さな作業場があった。

出迎えてくれたのは、割烹着を着た地元のお母さんたちだった。

つくっていたのは、味噌漬けだ。自家製の麦味噌に大根、にんじん、きゅうり、生姜を漬け込む。野菜を丁寧にならべ、味噌をたっぷりまとわせて、そのまま半年、待つ。

半年――。

正直、驚いた。浅漬けは数時間、ぬか漬けでも一日——。漬物とはそういうものだと思っていたからだ。半年という時間は、それまでの「漬物の常識」を静かに覆した。

食べてみると、野菜はすっかり変容していた。麦味噌のうま味が芯まで入り込み、それでいて野菜のコリコリとした食感はしっかり残っている。「保存した野菜」ではなく、「時間がつくりあげた、別の食べもの」だと感じた。

はやま

無添加で、安全であることがポリシーだとおっしゃっていました。「食の安全が揺らいでいる時代だから、安心して食べてもらえるものをつくりたい」と。誠実な言葉でしたね。あの割烹着姿は、今でも鮮明に思い出せます。

時間が調理する

ばあちゃんの白菜の浅漬けは、数時間でできる。

熊本の味噌漬けは、半年かかる。

どちらも「漬物」という一語でくくられている。なんだか、愉快でもあり、豊かでもある。

浅漬けは今日の食卓のためにある。さっぱりとして、箸休めになる。白菜でも、きゅうりでも、なすでも——。塩と少しの時間さえあれば、今夜の食卓に一品加えられる。

味噌漬けは、半年後の自分や誰かのためにある。漬け込むときの自分と、食べるときの自分は、同じ人間だけれど、別の季節にいる。漬物を仕込む行為には、そういう「先への目配り」がある。冷蔵庫のない時代の人々が、来年の冬を想像しながらかめに塩を押し込んだように。

夏に長野へ行くと、かならず野沢菜が出てくる。お土産屋の真空パックではなく、食堂の小鉢に盛られたあれが好きだ。塩気の向こうに、その土地の空気がある気がする。

漬物とは、その土地の水と、塩と、微生物と、人の手がつくりだすものだ。だから同じ白菜の浅漬けでも、ばあちゃんの台所と、東京の台所と、京都の台所では、別の味がする。

ばあちゃんから母へ。母から自分へ。そしていま、娘が喜んで食べている。

レシピは教えていない。でも娘は知っている。白菜に塩をふるだけで、あんなにうまくなることを。だからきっと、自分の子どものためにつくる日がくる。わたしがそうしたように。