下山のとき、いつも蕎麦のことを考えている———あご出汁と十割、二八、蕎麦風味のうどん

蕎麦屋

山から下りてくるとき、いつも蕎麦のことを考えている。

ふくらはぎがぱんぱんに張っている。膝がきしむ。ザックのハーネスが肩に食い込んで痛い。それでも行きに見かけた暖簾を思い浮かべると、なんとか歩ける。

暖簾の向こうで僕を待っているつゆの色。蕎麦の香り。厨房に立ちのぼる湯気——。ぐう。腹が鳴る。

蕎麦通というほどではない。でも蕎麦は昔から好きだ。地方へ行くとかならず手打ちの店を探す。山に向かうときは運転中、道の両側に目を凝らして良さそうな店を見つけておく。たったそれだけのことが、山の旅に不釣り合いなくらいの豊かさを与えてくれる。

深井戸水の手打ち蕎麦

忘れられない蕎麦がある。

山陰を取材中、偶然出会った壮年の男性の手打ち蕎麦だ。自宅の庭に数百万円かけて深井戸を掘り、汲み上げた水で敷地に小川を作っていた。その清冽な流水でわさびを育て、同じ水で十割を打つ。

ごちそうになった蕎麦は、蕎麦粉の風味、深井戸水の甘み、おろしたてのわさびの香りと辛みがそれぞれ輪郭を際立たせながら、口の中では目が覚めるほど澄んだ和音を奏でた。

十割はこしが弱いとよくいうが、その蕎麦には二八のようなこしがあった。水がいいのか腕がいいのか。たぶん両方だろう。あれはただの道楽ではない。蕎麦に対する執念か熱情のようなものを感じた。

蕎麦つゆはあご出汁

つゆに対するこだわりで思い出す店がある。

甲信越の取材中に立ち寄った蕎麦屋だ。店構えは新しいが、つけつゆが飛び切りうまいと聞いていた。

ざるそばを一枚、ゆっくりと味わってから、主人に聞いた。

「評判通り、つゆがうまいですね。出汁は何を?」

率直に聞くと、主人は黙って厨房の奥に指で合図した。奥方が調理場から大きな袋を抱えてささっとやってきた。僕の目の前に黙ってそれを差し出す。

受け取って袋を見ると、トビウオの煮干しだった。

「ああ、あごですか。どうりで。あごの出汁はなんともいえないうま味がありますよね。品が良くて、すっきりした甘みがある」

「ほう。よくご存じで」主人はにやりと笑った。

それが合図だったのか、隣で立って話を聞いていた奥方が、僕の手から袋をひったくるようにして、ささささっと調理場に引っ込んでいった。

それ以来、僕も家で麺つゆを作るときは、昆布とかつお節を基本に、こだわる日はあごを足す。別物になるのだ。そのつゆに蕎麦をちょんとつけてすすっていると、あの日の奥方の、くノ一のような身のこなしが頭をかすめる。

二八と十割と蕎麦風味のうどん

それなりに得心のいく蕎麦つゆは自分で作れるようになったが、蕎麦を打つほどの情熱はまだない。だから蕎麦選びには気を遣っている。

蕎麦粉だけで打ったのが「十割」、蕎麦粉八割に小麦粉二割が「二八」。蕎麦のこしは小麦粉が作るというだけあって、二八は喉越しがいい。しなやかなこしがある。十割は蕎麦粉の風味が強いぶん、少し食感がぼそぼそする。

どちらが上ということもないから、その日の気分で選ぶ。山から下りて腹ぺこのときは二八。旅先でいい蕎麦屋を見つけたときは、十割の風味をじっくりと楽しむ。

小麦粉が二割より多い蕎麦も、こしが強くてそれはそれでうまい。蕎麦粉と小麦粉の割合は、原材料表示を見ればある程度わかる。重量の多い順に記載するという約束事があるからだ。「小麦粉、蕎麦粉」と書いてあれば、それはもう蕎麦の香りがするうどんだ。

年越し蕎麦

我が家で蕎麦を常食するのは僕くらいだが、大晦日になると家族全員で温かい蕎麦をいただく。娘が食べたがるのだ。

そういえば僕も、実家にいた頃は年越し蕎麦を楽しみにしていた。

三十一日の夕飯の数時間後、母が台所に立ち、蕎麦を茹でる。二八も十割も知らなかったようだから、おそらくあれは蕎麦風味のうどんだった。けれど蒲鉾と小松菜、とろろがきれいに盛りつけてあり、あの頃の僕には老舗の十割よりうまかった。

年越し蕎麦の由来には「細く長く生きる」だとか「旧年の苦労を断ち切る」だとか諸説あるようだが、なんだっていい。年を越す直前、紅白歌合戦を見ながら、温かい部屋で家族そろって蕎麦をいただく。それがどれだけ幸せなことか、この年になると身に沁みてわかる。

蕎麦目当ての山登り

足早に下山し、車にザックを放り込んで、いそいそと目当ての蕎麦屋へ向かう。暖簾をくぐり、冷たい蕎麦を一枚食べて、最後に蕎麦湯をぐびぐびと飲み干す。ようやく一息つく。ここまでが僕の山行である。

ひさしぶりに山に行きたくなってきた。目的地は山頂ではない。帰りの蕎麦屋だ。本末転倒のそんな山行を、今年もきっとやるのだろう。