10歳のある日、突然「自分もいつかは死ぬ」とわかった。
病院のベッドの上で。交通事故で左の大腿骨を折り、夏の終わりから冬にかけて3か月の入院生活を送っていたときのことです。
外では蝉が鳴き、やがて鳴きやみ、秋の風がガラス窓をそっと揺らした。わたしは足を吊られたまま、ひとりベッドの上にいました。
そのどこかで——たぶん秋口の夕暮れだったと思いますが、突然、気がついてしまった。
自分もいつかは死ぬ、と。
それまでは「死」を、どこか遠い出来事だと思っていた。お年寄りの話で、テレビの中の話で、自分には関係のないこと。子どもというのはたいていそういうものだと思いますが、自分が世界の中心にいるような感覚——自分を取り巻く世界は、自分のために存在しているという感覚を持っていた。
でもあの日、わかってしまった。そうじゃない、と。
となりのベッドの人も主人公で、あの人の世界では僕はただの脇役で——。みんながそれぞれの世界を生きていて、みんないつかは死んでいく。だとしたら、僕だって。
その感覚は言葉にするのが難しい。ただ、たしかに何かが変わったのを覚えています。
怖くなって、母に聞きました。「死んだらどうなるの?」
「死んだらそれでおわりやん」
「天国とかあの世とか三途の川とかは?」
「そんなんないわ。でもそのほうが気楽やん」といって、母はからっと笑いました。
父に聞くと、「死んだらおしまい。ジエンド。ちゃんちゃん」とおどけてみせた。
——やっぱり、怖かった。
でも、祖母は違いました。信心深い人でしたから、神さまがいるという前提で、時間をかけて、やさしく話してくれた。内容は正直あまり覚えていないのですが(笑)、話を聞き終わって、ちょっとほっとしたのを覚えています。
あのとき祖母が持っていたものは、何だったのか。大人になってから、たまに考えます。今日は、そのことを書いてみたいと思います。
はやま
昔の日本人が考えた「死後の世界」——三つの答え
昔の日本人は、死後の世界についてどう考えていたのか——。
実は、昔の日本人の死生観には「これがあの世だ」という統一された答えがありません。キリスト教には天国と地獄があり、仏教には極楽浄土があります。でも日本人のあいだでは、「死んだらどこへ行くか」について、複数の考え方が長い時間をかけて重なりあってきました。
大きく分けると、三つの「場所」のイメージがあります。
黄泉の国——地下にある、死者の国
一つ目は「黄泉の国」。地の底の深いところにある、死者の世界です。
日本最古の書物のひとつ「古事記」に、この世界が登場します。亡くなった妻・イザナミに会いたくて、夫のイザナギが黄泉の国まで追いかけていく——。有名な場面です。ところが彼が見たのは、腐敗し変わり果てた妻の姿でした。イザナギは恐れをなして逃げ出し、大きな岩で入り口をふさいだ。
黄泉の国は、暗く、汚れに満ちた、忌み嫌われる場所として描かれています。古代の日本人が「死の恐ろしい側面」を投影した世界です。
常世の国——海の彼方の、理想郷
二つ目は「常世の国」。海のはるか向こうにあるとされた、明るく清らかな楽園です。
不老不死の霊薬があって、豊かで美しい——。竜宮城のイメージに近い。黄泉の国が「恐ろしいあの世」だとすれば、常世の国は「うらやましいあの世」です。「神隠し」で連れていかれる先に、どこか甘美なニュアンスが漂うのも、この常世のイメージと重なっているからかもしれません。
山や森——いちばん身近な答え
そして三つ目。これが、昔の日本人のいちばん根っこにある死後観だと思うのです。
人は死んでも、遠くへは行かない。
近くの山や森に、とどまる——。
黄泉も常世も「どこか遠い場所」なのに対し、こちらは「すぐそこ」の話です。集落の裏山に、川沿いの森に、先祖たちの魂が集まって、そこからじっと子孫の暮らしを見守っている。
その感覚が、お盆にも、お正月にも、お彼岸にも今なお生きています。御岳山の深い森の中で「何かに見られている」と感じた体験も、この「山には先祖がいる」という古い感覚のなごりだったのかもしれない。
死んだら、神になるという矛盾
ここでひとつ、疑問が出てきます。
昔の日本人の感覚では、死は「穢れ」とされます。生命力が枯渇した状態を「気枯れ(けがれ)」と呼び、死は最大の穢れとして忌み嫌われてきました。
一方で、「死んだら神になる」とも言う。
穢れているのに、神になれるのか?
矛盾しているように見えますが、大切なのは「プロセス」です。
死の直後——穢れの状態から、清めへ
亡くなった直後の状態は、たしかに「穢れ」です。生命力が失われ、肉体が変化していく——。その不安定な状態を、神式の葬儀(神葬祭)を通じて清めます。
そして亡くなってから五十日目、「五十日祭り」という儀式を経ると、霊魂は清められ、家の守護神として鎮座したと見なされます。仏教でいう「四十九日」に近い考え方です。
長い時間をかけて——祖霊から氏神へ
話はここで終わりません。
故人の霊魂は、その後も年忌の祭りを通じて、少しずつ浄化されていきます。死後33年、50年という長い時間が経つと、個人としての名前や個性は薄れ、その土地の先祖たちの大きな集まり——「祖霊集団」の一員となる。さらに時間が経つと、その土地全体を守る「氏神」として昇華していく、とされてきました。
消えるのではなく、昇っていく。個人から、家族から、地域へ。死者と生者の縦のつながりが、何百年という時間をかけて育てられてきたのです。
もうひとつ、おもしろいことがあります。古代の考え方では、生前にどんな人であっても、まつられ浄化されれば守護神になる、とされていました。
人の魂は本来、神から授かったもの——神の子であるという考えが根底にあります。だから肉体が滅んでも、魂は本来の清らかさに戻れる。「原罪」という考えを持つキリスト教とは、まるで対極の発想です。
はやま
先祖は、遠くへ行かない——お盆と正月の本当の意味
病院のベッドの上で初めて死を身近なものとしてとらえ、不安におびえるわが子に「死んだらおしまい」と言った父と母を、責める気はまったくありません。
答えを持っていなかったのだと思います。何千年も伝えられてきたものが、ある時代からぷつりと途絶えてしまった——そういうことなのでしょう。
でも実は、その「伝えられてきたもの」のかけらは、今でも日本の暮らしのなかにしっかりと残っているのです。
お盆——先祖が山から帰ってくる日
お盆は仏教の行事として知られていますが、そのずっと前から、日本には同じ時期に先祖を迎える習慣がありました。
8月13日の夕方、家の前で迎え火を焚く。先祖の霊が道に迷わないよう、明かりで導くためです。そして胡瓜と茄子で作った小さな動物——「精霊馬」を供えます。胡瓜は馬(早く帰ってきてほしいから)、茄子は牛(ゆっくり帰っていってほしいから)。
先祖は山から降りてきて、数日間を家族と過ごして、また山へ帰っていく。
この習慣の根底にあるのは、「死者は遠くへ行かない。近くの山や森にいて、折に触れて帰ってくる」という死生観です。
正月——歳神さまを迎える
お正月にやってくる「歳神さま」も、実は祖先の霊だと言われています。豊かな実りを約束してくれる神として、年の初めに山から里へ降りてくる。
お盆が「夏に先祖を迎える」なら、正月は「冬に先祖を迎える」。かつては年に二回、生きている人間と死後の先祖が交流する機会が、暮らしのなかにあったのです。
お彼岸
春分と秋分のお彼岸にお墓参りをするのも、同じ感覚に基づいています。太陽が真東から出て真西に沈む、その二日間だけ、この世とあの世の距離がいちばん縮まると言われてきました。
お盆も、お正月も、お彼岸も——。つまり日本の暮らしの節目のほぼすべてに、「先祖と交流する」という感覚が埋め込まれていた。それはただの迷信や形式ではなく、何千年もかけて育てられた、死への答えだったのです。
はやま
現代人が失ったもの、残っているもの
昭和の後半から、多くの人が病院で亡くなるようになりました。死は専門家に委ねられるものとなり、遺体を自宅で安置することも、家族でゆっくり時間をかけてお別れすることも、以前より少なくなった。
死を「日常のなかにあるもの」として感じる機会が、圧倒的に少なくなっています。
かつての日本人は「先祖は近くにいる」と信じていました。その確信が、悲しみを和らげ、孤独を癒やし、死への恐怖を静かにやわらげていた。現代人が感じる「死の漠然とした恐怖」の一部は、この「つながりの喪失」から来ているのかもしれない。
でも、何もかもが失われたわけではありません。お盆に帰省し、仏壇に手を合わせ、お墓の前でぽつりと近況を報告する。そういう行為のなかに、古い知恵の残響が生きています。うまく言葉にはできなくても、体は覚えている。
むしろ、その「なんとなくやっている」習慣の意味を少し知るだけで、日常の景色がすこし変わる。それが、何千年も伝えられてきたものを「受け継ぐ」ということなのかもしれません。
病院のベッドの上で、10歳のわたしは怖かった。
父の「ジエンド、ちゃんちゃん」も、母の「そのほうが気楽やん」も、それはそれでひとつの答えだったと思います。でも祖母が持っていたもの——時間をかけてやさしく話してくれた、あの言葉を、わたしは次の世代につないでいきたいと思う。
先祖は遠くへ行かない。まつられ、清められ、やがて守護神になる。山の上から、川のほとりから、子孫を見守り続けている——。
何千年もかけて、この国の人々が育ててきた、死への答え。それを受け取ったとき、10歳のわたしはほっとした。その「ほっとした感覚」の正体が、今はわかる気がします。
御岳山の森で「何かに見られている」と感じたあの瞬間も、伊勢でひとりでに背筋が伸びたあの厳かな空気も、きっとこの感覚と地続きだったのだと思います。
※このブログの情報は、医療機関の監修を受けておらず、病気の診断、治療、予防を目的とするものではありません。記事内でご紹介している効果効能についても栄養素や成分に関するものであり、商品やサービスに関するものではないことにご注意ください。体調不良が長く続く場合は、医療機関で相談することも大切です。食卓でできること、専門家の力を借りること、その両方が、あなたの体を支えます。

