叱り方がわからない——哲学者三人に相談してみたら

親子の食卓

ガミガミネチネチ言ってしまったあとの、あの後悔——。

「もっと上手に叱れたはずなのに」「叱りすぎた」「甘やかしすぎたかも」——。子育てをしていると、叱ることひとつにこんなにも迷うのかと、何度も思います。正解がないのに、正解を求めてしまう。

叱り方がわからないのは、あなたが愚かな親だからではありません。子どものことを真剣に考えているから、迷うのです。

そこで今回は、三人の思想家にこの悩みをぶつけてみました。アリストテレス、ジャン=ジャック・ルソー、アルフレッド・アドラー。三者三様の答えが返ってきましたので、どれかひとつ、今日の子育てのそばに置いてみてください。

アリストテレスの答え:「どんな人に育ってほしいか、から考えなさい」

まず登場するのは、古代ギリシャの哲学者、アリストテレス。師のプラトンとともに西洋哲学の礎を築いた人物で、倫理学から生物学まで、驚くほど広い領域を探求しました。「万学の祖」と呼ばれる彼ですが、子育てに悩む親にもきっと、静かに、でも的確に答えてくれるはずです。

彼はこう言うでしょう。

「叱り方に迷う前に、この子にどんな人間になってほしいのかを、まず考えなさい」

アリストテレスは「徳は習慣によって形成される」と言いました。人間のよさというのは、生まれつきのものではなく、日々の積み重ねによって少しずつ育まれていくものだ、と。

だとすれば、叱ることの目的は「悪い行動を止めること」ではなく、「よい習慣の種を蒔くこと」になります。怒りに任せて叱るのではなく、適切なときに、適切な理由で、適切な強さで——。彼が「中庸」と呼んだ、ちょうどよいい感覚で。

「嘘をついた」という行動にぶつかったとき、アリストテレスならきっとこう言います。「嘘を責めるのではなく、真実を語る習慣を、一緒に育てていきなさい」と。

はやま

叱るたびに「この子にどうなってほしいか」と一秒だけ立ち止まる。それだけで、ずいぶんと言葉が変わってきます。

ルソーの答え:「そもそも、叱る必要があるのですか?」

次に登場するのは、18世紀スイス生まれのフランスの思想家、ジャン=ジャック・ルソー。「社会契約論」で知られる一方、教育論の古典『エミール』の著者でもあります。子どもの本質について、時代を超えて語り続けている人です。

彼はこう言うでしょう。

「その子が問題を起こしたとき、まず疑うべきは子どもではなく、環境です

ルソーは「人間は生まれながらにして善である」と言いました。子どもはもともと純粋で、社会や環境の影響によって歪められていく、というのが彼の見立てです。

だとすれば、子どもが問題行動を起こすとき、そこには必ず理由がある。退屈しているのかもしれない。怖いのかもしれない。甘えたいのかもしれない。その理由を探さずに叱っても、根っこは何も変わらない。

ルソーはおそらく、こう言います。「叱る前に、その子がそうせざるを得なかった理由を探しなさい」と。

ただ正直に言えば、ルソーの方法は実践がむずかしい(笑)。毎回そこまで立ち止まれる余裕が、現実の子育てにあるかどうか。でも「この子が悪いのではなく、何か理由があるはずだ」という視点を持つだけで、親の心はずいぶん楽になると思います。

はやま

「なんでこんなことするの!」と言いたくなったとき、「なんでこんなことしたんだろう?」と語尾を変えてみる。その小さな問いが、子どもとの関係を変えていきます。

アドラーの答え:「叱ることより、勇気を与えなさい」

三人目は、19〜20世紀のオーストリアの精神科医・心理学者、アルフレッド・アドラー。フロイト、ユングとならぶ心理学の巨人ですが、その思想は哲学的で、現代の子育てにも深く根付いています。近年「アドラー心理学」として広く知られるようになりました。

彼はこう言うでしょう。

「問題行動を罰するより、よい行動ができたときに、その子の勇気を認めなさい

アドラーは、人間のすべての行動には「目的」があると考えました。子どもが言うことを聞かないとき、それは「注目してほしい」「自分の力を示したい」「傷つきたくない」といった目的が隠れていることが多い、と。

だとすれば、叱って罰を与えても、その目的は消えない。むしろ問題行動が別の形で繰り返される。

アドラーが重視したのは「勇気づけ」です。褒めるのとは違います。結果ではなく、プロセスに目を向けること。「できた」ではなく「やろうとした」を認めること。叱るより、その子が「自分はできる」と感じられる瞬間を増やしていく。それが、長い目で見たときの、本物のしつけだと彼は言います。

はやま

「また叱ってしまった」と自分を責める必要はありません。叱ること自体が悪いのではなく、叱った後にどうフォローするかのほうが、ずっと大切だとわたしは思います。

最後に葉山から:まず、お母さんの血糖値を上げましょう

アリストテレス、ルソー、アドラー——。三者三様の答えが出そろいました。

さて最後に、台所の話をさせてください。

三人の哲学者はとても立派なことを言いますが、わたしの経験からいうと、叱り方より先に解決すべきことがある気がします。お母さん自身の体の状態です。

空腹のとき、疲れているとき、睡眠が足りていないとき——そういうときに子どもが何かやらかすと、普段の何倍もイライラしてしまう。心当たり、ありませんか。

「叱り方がわからない」という悩みの底には、慢性的な疲れや神経の緊張が潜んでいることが少なくありません。まずお母さん自身を整えることが、すべての出発点だとわたしは思います。

手軽にできることをひとつ。今夜、梅しょう番茶を一杯どうぞ。熱い番茶に梅干しをひとつ、すりおろし生姜少量、しょうゆを数滴。体の内側からじんわりと温まります。

食事については、白砂糖や加工食品が多い日が続くと、血糖値の急激な上下が感情の乱れにつながりやすいと感じています。味噌納豆ぬか漬けなど、発酵食品を日々の食卓に少しずつ取り入れてみてください。

まずはそこから。

哲学的な答えはあとからついてきます。

はやま

完璧な叱り方なんて、どこにもありません。迷いながら、失敗しながら、それでも子どものことを考え続けているあなたは、すでに十分に立派な親ですよ。