大学時代の僕らは毎日が漫才みたいだった。
講義よりも、どれだけ笑いをとれるかのほうが大事だった。合コンでもナンパでも、勝負を決めるのは「おもろさ」だった。関西では、「おもろい」男はかならずかわいい彼女を連れている。身長や容貌は関係ない。
それがあのころのあの街のリアルな力学であり、文化だった。
だから僕も、学業そっちのけで笑いの能力を磨いていた。お笑い番組も片っ端から見て、若手芸人の漫才やコントを研究した。間の取り方や言葉の選び方を吸収していった。関西には、そういう番組が本当に多かった。笑いは生活の一部だった。
毎日、息を吐くようにボケてはつっこみ、馬鹿みたいに笑っていた。腹を抱えて、涙を流して、声が枯れるほど笑った。
あのころは本当に元気だった。体力も気力も満ちみちていて、風邪ひとつ寄せつけなかった。だから僕は、笑うと体にいいという話を、個人的な実感として信じている。
東京に来て、笑いの「文化差」に戸惑った
東京に来てから、少しずつ変わった。
ボケても、誰も突っ込んでくれない。間があく。「おもしろい人だね」という、一歩引いたマイルドな苦笑い——。いちおう笑ってはくれるけれど、反応がどこか薄い。関西の「全力で笑いにいく文化」とは違う。
関西では、ボケは「投げたボール」だ。誰かがかならずキャッチして、返すという、暗黙のルールがあった。笑いが生まれると、その場の空気は一気にほぐれ、トークは盛りあがり、そこにいる人たちのあいだに親密さが満ちていく。
関東では、ボールは無言のまま地面に落ちる。東京の街特有の洗練されたスマートな空気のなかで、地面をころころと転がっていくボール——笑いの素を眺める虚しさは、関西人ならわかってくれるはずだ。
——ここでは普通にしてたほうがいいみたいだ。
僕はそう悟り、少しずつ自分のボリュームを絞っていった。いつしか「ひょっとこ」のお面を脱ぎ捨て、すまし顔の「オペラ座の怪人」みたいな仮面をかぶるようになった。
気づけば、笑いへの情熱はどこかへ消えていた。声を出して笑うことも少なくなっていた。
芸人に会って知った、笑いの「影」
取材で何人かの芸人に会ったことがある。笑いの世界の第一線で活躍する人たちだった。ワクワクして会いに行ったのに、みんな驚くほど静かだった。
うつむきがちで、声も小さい。もともとの性格なのか、笑いを仕事にしたからなのかはわからないが、顔色もよくなかった。あのギャップは強烈だった。
笑わせることを仕事にすると、削られる部分もあるのかもしれない。舞台以外ではエネルギーを節約し、命を削って笑いを生み出す、そんな切実さを僕は感じとっていた。
科学が示す「笑いの健康効果」
科学的にも、笑いは体にいいとされている。
大笑いすると、免疫をつかさどるNK細胞が活性化し、ストレスホルモンが下がる。セロトニンが分泌され、自律神経が整う。
さらに笑いは、エンドルフィンを分泌させるという。痛みをやわらげたり、幸福感をもたらす物質だ。
しかも「作り笑い」でも効果があるという。体は、笑顔を「本物」として受けとるらしい。
若いころの僕は、そんなことを知らずに、ただ毎日笑っていた。あの馬鹿笑いの日々が、心と体をどれだけ支えていたか、いまならわかる。
笑いは、生活の栄養だった
笑いは技術ではなく、生活の栄養だ。
関西の空気、仲間との掛け合い、馬鹿みたいな夜、東京での静かな日々、芸人の影、そして科学的な裏付け——。それら全部が、笑いの力を教えてくれた。
年をとるほど、笑いの沸点は上がる。「くだらない」と感じることが増え、声を出して笑うことも減る。でも、笑いは体を整える。心を軽くする。生活の湿度をちょうどよくしてくれる。
あのころの僕みたいに毎日大笑いはできなくても、一日に一度くらい、声を出して笑う時間を取り戻したいといま思う。
お気に入りのお笑い番組を見る。昔の友人と馬鹿話をする。子どもと一緒に転げ回って笑う——そういう時間を意識的に作ることは、立派なセルフケアなのだ。
関西の街はそのことを、昔からよく知っていた。
今夜ひさしぶりに、娘に向かって、渾身のボケを放ってみるとしようか。派手に滑るかもしれない。冷たい視線を浴びるかもしれない。でもくすりと鼻で笑ってくれたら——。
小さな食卓に、やさしい「手当て」が満ちるような気がする。
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