白米と玄米、何がそんなに違うのか。尻込みしていたわたしが試してわかったこと

玄米ご飯

始めるまで、ずっと尻込みしていた。

水加減が難しそう。炊くのに時間がかかりそう。白米みたいにふっくら炊けないんじゃないか。そんなことをあれこれ考えて、「そのうち試してみよう」のまま、何年も過ごしてきた。

ところが、いざやってみるとなんのことはない。

最近の炊飯器には玄米モードがついている。白米と同じように洗い、水を入れてボタンを押す。それだけ。あの何年もの躊躇はなんだったのか、とちょっと笑ってしまった。

いまは圧力鍋で炊くようになった。もちもちした食感と独特のコクが気に入ったからだ。以前は「百度以上の高温で炊く圧力鍋は自然の摂理に反する」という謎のこだわりを持っていたけれど、それもいまとなっては笑い話だ。

玄米は「生きている」米

玄米と白米の決定的なちがいは、ぬかと胚芽があるかどうかだ。

精米とはつまり、米の外側についているぬかと胚芽を削り取る作業のこと。白くてきれいな米になる代わりに、そこに詰まっていた栄養素のほとんどが一緒に取り除かれてしまう。

白米と玄米
白米と玄米のちがいは、ぬかと胚芽があるかどうか。とくにぬかには栄養素がぎっしり詰まっている

米を精白するとかすになる。米が健やかなままならぬか。昔の人たちはそのことを漢字で表わした。精白することで大切なものが根こそぎ失われてしまうことを経験的に知っていたのだ。先人の知恵にはつくづく感嘆させられる。

玄米は、水に浸けると芽を出す。つまり生きている。種として蒔けば、あの金色のたわわな稲穂に育つ。玄米とはそういう生命力を丸ごと持つ穀物なのだと知るだけで、白米を食べるのとはちがった感慨が得られる。

ビタミンBの宝庫であり、腸の味方

玄米がどうして体にいいと言われるのか。必要な栄養素がバランスよくそろっているからだ。

玄米と白米の栄養価の差
100gの玄米と白米に含まれる栄養素。その差、歴然

特筆すべきはビタミンB群の豊富さだろう。ビタミンB群は炭水化物、脂質、たんぱく質という三大栄養素の代謝に欠かせない。エネルギーを作り出すための縁の下の力持ちだ。ただし水溶性なので体内に溜め込むことができない。毎日補給する必要があるのだ。玄米は、この点でまずよくできた食べ物だと言える。

フィチン酸という成分の存在も見逃せない。玄米のぬかに豊富に含まれるフィチン酸には、体内の不要なものを絡め取って外へ運び出す働きがあり、強いデトックス作用があるとわかっている。さらに玄米の食物繊維は善玉菌を増やし、腸内環境を整えてくれる。玄米食を始めてから、我が家の面々は以前よりお腹の調子がはっきりと良くなった。

玄米には、フェルラ酸というパワフルな抗酸化物質も含まれている。腸内や体内をきれいに保つ、いわば体の清掃係である。

冷やご飯の利点

玄米に限らず米や大麦などには、レジスタントスターチと呼ばれる難消化性でんぷんが含まれている。これは炊きたての熱々のご飯より、冷めたご飯に多く含まれている。

レジスタントスターチは、胃や小腸で消化されずに大腸まで届き、善玉菌のエサになる。善玉菌はこれを分解し、酢酸や酪酸を作る。すると腸壁が整って便通が良くなり、さらに大腸の細胞を正常に保つ働きもあることが研究でわかってきている。

電子レンジのない時代、どこの家庭でも冷や飯を当たり前のように食べていた。昔の人たちは、知らず知らずのうちに理にかなった生活を送っていたようだ。

玄米がまずいのは、炊き方と噛み方の問題

玄米はぼそぼそしていておいしくない、という声をときどき聞く。

正直言って、僕も始めた当初は膨満感に悩まされ、白旗を上げて撤退していたことがある。あとでわかったのだが、消化がうまくいっていなかったからだ。原因は噛み方にあった。

玄米は、よく噛んで食べることが前提だ。食物繊維が豊富だから、しっかり咀嚼しないと胃腸に負担がかかるのだ。いまは一口80回を目安に噛んでいる(これはやりすぎ)。初めはかなり意識的にやる必要があるけれど、すぐ慣れる。すると米本来の滋味をじっくりと味わえるようになる。

現代の食卓には味つけの濃いものや刺激の強いものが多く、気づかないうちに舌が少し鈍くなっていたのだと思う。玄米を始めて一汁三菜の食卓を意識するようになってから、食材本来の繊細な味がわかるようになったと感じる。玄米と一緒に他の食べ物に対する感度も戻ってきたという感覚がある。

そうそう、我が家はいま玄米を圧力鍋で炊いていると書いたが、玄米専用の土鍋もある。もちもちではなく、あっさりした食感がほしいときは土鍋を使っている。いずれにしろ炊く前に十分に浸水させることが、玄米をおいしくいただく秘訣である。

苦手なら、無理して食べる必要はない

胃腸が弱っていたりして、玄米が体に合わないこともある。試してみてどうにも調子が悪いと感じるなら無理に続ける必要はない。体が受け入れる状態にないのだから。

そんなときは分搗きぶづき米が向いている。玄米を少しだけ精米したもので、白米よりぬかと胚芽が残っていて、食感も玄米ほど固くない。玄米と白米のちょうど中間という感じだ。

白米にぬか漬けと梅干しを添えるという手もある。精米で削られた成分はぬか漬けで補い、梅干しの有機酸で消化吸収を手助けしてやるのである。

主食をいきなり玄米に変えることより、何と組み合わせるか、そしてよく噛んで食べる、そちらのほうが実は大事なのかもしれない。

ご飯と味噌汁は、最強のタッグ

玄米や分搗き米に味噌を合わせると、栄養という観点で見ても非常によくできた組み合わせとなる。米に足りない必須アミノ酸を、大豆が原料の味噌が補ってくれるからだ。単体では不完全なものが、何かと組み合わさって完全になる。日本人が長い年月をかけてたどり着いた食の知恵である。

そこへごま塩を一振りすれば、さらに申し分ない。

ご飯、味噌汁、漬け物、ごま塩。この組み合わせだけで、食卓は驚くほど良いものになる。手間も時間もほとんどかからない。凝った料理は週末だけでいい。忙しい平日は、この食卓の基本形に立ち返るだけでいい。僕はそう考えている。

米なしでは生きていけない自分は、どうしようもなく日本人なんだなあと、玄米をもぐもぐと噛みながら思うことがある。時間をかけてゆっくり食べていると、どうでもいいことを考える余裕が生まれる。それもまた玄米がくれた時間だ。

米、万歳! 大豆も万歳!