断食と聞いて思い浮かべていたのは、宗教的な修行か根性論、あるいは高価な酵素ドリンクを売りつける怪しげな痩身サロンだった。少なくとも自分がやることになるとは考えもしなかった。
ところが食養というものを真剣に学び出すと、どの本を読んでも、どの文献に当たっても、断食という言葉が繰り返し出てくる。東洋の養生法のいわば奥の院なのだ。
そのうち無視できなくなって、やってみることにした。
この記事に書いていること
三日間のにんじんりんごジュース断食
最初は入門編、ジュース断食である。固形物を断ち、にんじんとりんごを搾ったジュースだけで三日間過ごす。
何も起きなかった。
ふらつきもしない。期待していた宿便も出ない。頭はすっきりした気もするが、「毒が抜けたぞ」という手応えは皆無だった。あとから考えると当然で、にんじんもりんごも糖分たっぷり。体にしてみれば燃料は普通に届いているのだから、通常営業を崩す理由がない。
断食で体の大掃除——細胞が自分の中の不要物を食べて片づけるオートファジーと呼ばれる仕組みが動き出すのは、栄養がいよいよ入ってこなくなったときである。
ともあれ、糖を体に注ぎ込みながらの断食は、断食のふりをした間食だった。当時流行っていた酵素ドリンクの断食もおそらく同じだろう。高い瓶を買うなら水を飲めばいい。安上がりで、しかも本物だ。
一週間の水断食
というわけで、本気を出すことにした。一週間、ほぼ水だけの断食である。
二日目、三日目あたりから、体の動きがもっさりしてきた。排便が止まった。そうして最大の敵が現われた。家族の夕飯の匂いである。
台所から漂ってくる味噌汁と焼き魚の気配に胃がぐうっと鳴る。そのたび僕は、心の中で「色即是空、空即是色」と唱えた。この世は空である。焼き魚も空である。空であるはずの魚の匂いが、なぜこんなにもかぐわしいのか。般若心経は、腹の減った男のためには書かれていない。
数日すると肌がかさかさしてきた。吹き出物が出た。尿の臭いが強くなった。体臭も気になる。中医学でいう瞑眩——いったん悪くなってから好転する反応に似ているな、などと思いつつ、食べないぶんのエネルギーが排泄に回って、たまっていたものが皮膚や尿から出ているのだろうと解釈して、続けることにした。
事件は七日目の夜に
七日目の夜、事件は風呂場で起きた。唐突に腹の中で雷が鳴ったのだ。
ゴロゴロゴロと腹の底から響く、まぎれもない雷鳴だった。慌てて風呂を飛び出してトイレに駆け込んだ。すると出たのだ。待望の真っ黒なあれが。俗にいう宿便というやつだろうか。誇張抜きに鼻が曲がりそうになった。
断っておくと、宿便の存在は現代医学では疑わしいとされている。腸の壁に古い便がへばりついているというのは解剖学的に支持されていないそうだし、断食中に出る黒いものは濃縮された胆汁だという話もある。あれがなんだったのか僕にはわからない。ただ、黒光りする何かが出たことだけは確かなのである。
トイレから出てきたときのことはよく覚えている。七日間ずっと重かった頭と体がうそみたいに軽くなっていた。かさかさだった肌は数時間でつやつやのつるつるになり、吹き出物は翌日にはきれいに消えていた。ぶったまげた。それ以外の感想はいまだに見つからない。
回復食
断食明けは、おもゆ——米を炊いた上澄みから少しずつ体を慣らしていく。この一杯が目が覚めるくらいうまかった。八日ぶりの食事が米風味のお湯だったにもかかわらず、心の底から満足できた。まさに空腹は最高の調味料である。
だが、早くも二日目に問題が起きた。
朝、おかゆと梅干しと味噌汁を少々つつましくいただいていたら、七日間おとなしくしていた食欲が唐突に暴れ出したのだ。その日の夜、僕は焼き魚を頬張っていた。
七日間の貞淑はどこへやら。回復食はゆっくり戻すのが基本と、頭では知っていた。失敗すると望む効果が得られないし、かえって胃腸を痛めることもあると。でもいったん火がついた食欲は、般若心経ではもう止まらなかった。
断食が教えてくれたこと
断食が教えてくれたのは、結局、食べることの意味だったように思う。食べないと体はどうなるか。何を口にすると体が喜ぶか。おもゆ一杯がどれほどありがたいか。それから消化という仕事に体がどれほどのエネルギーを注いでいるか。食べなかった日の、あの頭の冴えがそれを雄弁に物語っている。
胃袋を休ませた一週間は、僕にとって食についての過去最高の授業となった。空即是色——。空っぽを通って初めて、飯は色鮮やかなものとなるのである。
これは僕個人の体験の記録である。断食は体への負担が大きく、長期の断食を自己流で行なうことは勧めない。
- 持病のある人、妊娠中の人、薬を服用中の人は、実践の前にかならず医師に相談を。
- 特別なドリンクはいらない。水と少しの覚悟と家族の夕飯の匂いをやり過ごす精神力があれば足りる。
- 回復食はおもゆから始め、数日かけてゆっくり戻すのが理想である。二日目の夜に焼き魚を頬張った男が言うのだからまちがいない。
- にんじんりんごジュース——わ、と声が出るほどおいしい朝の一杯
- 風邪の夜のお粥と、千二百年続くやさしさの話
- 心が海になるまで
- 百回噛む——小食と一日二食の効能、腹八分の涙ぐましい努力
- 断食三日目、スーパーのチラシが文学になった——断食中の食欲のゆくえ
- 人生は苦悩に満ち、世界はいつも美しい——仏陀になれなかったアムロを思う夜
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