イヤイヤ期がつらい——哲学者三人に相談してみたら、全員に称賛された

子どものせなか

靴を履かない。

服を着ない。

ごはんを食べない。ベビーカーに乗らない。保育園から帰らない。なにもかもイヤ。

2歳から3歳のあいだ、子どもはなぜこれほどまでに「イヤ」なのか。毎日戦っているお母さん、今日も本当におつかれさまです。

今回は三人の哲学者に、このイヤイヤ期というものを相談してみました。アンシャン・ディオゲネス、フリードリヒ・ニーチェ、ジャン=ポール・サルトル。返ってきた答えは、予想の斜め上をいくものでした。

……称賛されました。全員に。

はやま

うちの子は、イヤイヤ期らしいイヤイヤ期がありませんでした。正直、当時は少し拍子抜けしたくらいです。でも、このシリーズを書くようになって気づいたことがあります。それは記事の最後に。

ディオゲネスの答え:「もっとやれ、子よ」

まず登場するのは、紀元前4世紀のギリシャ哲学者、ディオゲネス。「犬儒派」の代表として知られ、みずから桶の中に住み、アレクサンドロス大王が「何か望むものはあるか」と聞いたときに「そこをどいてくれ、日陰になる」と答えた男です。

文明のあらゆるしがらみを拒否し、ランタンを持って「本物の人間を探している」と昼間から街を歩き回った。要するに、人類史上最大のイヤイヤ期を生涯続けた哲学者です。

彼はこう言うでしょう。

この子は正しい。靴など、文明が押しつけた幻想だ。大地を感じよ。足裏で世界を知れ

靴を履かせようとしているお母さんの手を、ディオゲネスは静かに止めます。「なぜ履かせる? 誰かにそうしろと言われたからか? 社会の目が怖いからか?」

ベビーカーを拒否する子どもを見て、ディオゲネスは満面の笑みでこう言います。「車輪に頼るな。自分の足で歩け。そもそも大人が押すという発想が傲慢だ」

お母さんの心の声:「いや、今日は雨なんだけど……」

服を着ないで逃げ回る子どもには、惜しみない賞賛を送ります。「よいぞ。服を着るとは社会のルールに服従することだ。その本能を大切にせよ」

お母さんの心の声:「いや、12月なんだけど……」

はやま

ディオゲネスにとって、イヤイヤ期は文明批判の最前線です。彼から見れば、世間のルールに素直に従っている大人のほうがよほど問題らしい。まあ、言いたいことはわかる気もする(笑)

ニーチェの答え:「これが、力への意志だ」

続いて登場するのは、19世紀ドイツの哲学者、フリードリヒ・ニーチェ。「神は死んだ」という言葉で知られ、「汝自身であれ」「強くあれ」を生涯叫び続けた人物です。「超人」という概念を提唱し、人間は常に自分を超えていかなければならないと説きました。

彼はこう言うでしょう。

この子の「イヤ」は、意志の力が芽生えた証拠だ。命令に従わない? 素晴らしい。むしろ従わせようとする大人のほうが問題だ

保育園から帰りたくないと園庭に寝そべる子どもを見て、ニーチェは目を輝かせます。「帰りたくない? それは”自分の世界を選び取る自由”だ。大人の都合に合わせる必要はない。これが意志の力の最初の発露だ」

お母さんの心の声:「いや、夕飯作らなきゃ……」

ごはんを投げつける子どもには、こう言います。「よいぞ。食卓のルールに縛られるな。その反抗心を失うな。お前はいつかきっと、偉大な超人になる」

お母さんの心の声:「いや、後で片づけるのは私なんだけど……」

はやま

ニーチェの前では、イヤイヤ期の子どもは「未来の超人」です。ちなみにニーチェ自身は生涯独身で、子どもがいませんでした。育てた経験がないから、こういうことが言えるんですよね(笑)

サルトルの答え:「これが、自由の地獄だ」

三人目は、20世紀フランスの哲学者、ジャン=ポール・サルトル。「人間は自由の刑に処されている」「他人は地獄だ」という言葉で知られる実存主義の代表者です。「選択することが人間を人間にする」と言い続けました。

彼はこう言うでしょう。

子どもは”自由”を手に入れたのだ。だから「イヤだ!」と言う自由も行使する。そして親は、その自由の地獄に巻き込まれる

ごはんを前に「イヤ!」と叫ぶ子どもを見て、サルトルは深刻な顔でこう言います。「これは”自由の行使”だ。食べるか食べないかを選ぶ自由。そして親はその自由の地獄に巻き込まれる」

お母さんの心の声:「地獄って言うな(笑)」

服もイヤ、ごはんもイヤ、抱っこもイヤ——。全部イヤの日には、サルトルは肩をすくめてこう言います。「人間は”選択する自由”を持つがゆえに苦しむ。この子は今、その自由の重さに押しつぶされているのだ」

お母さんの心の声:「いや、ただ眠いだけだと思う……」

はやま

三人の言葉を聞いて気づいたことがあります。イヤイヤ期に関して、哲学者は全員、圧倒的に子どもの味方です。そして全員、子育てをしたことがない。これは偶然ではない(笑)

最後に葉山から:血糖値は、哲学を超える

ディオゲネス、ニーチェ、サルトル——。三者三様の答えが出そろいました。文明批判、超人への道、自由の地獄。それぞれに、なるほどと思わされる部分もある。

ここで、台所の話をさせてください。

わたしの経験では、イヤイヤ期の8割は、空腹で説明できます

靴を履かないのも、服を着ないのも、自由だの意志だのと彼らは言っているけれど、おにぎりを一個渡したら急にニコニコしだすことがあります。ディオゲネスもニーチェもサルトルも、血糖値の前では無力です。

子どもの血糖値が下がると、機嫌が急降下します。そして機嫌が急降下すると、「イヤ!」の連射が始まる。これは意志でも自由でもなく、ただの生理現象。玄米や雑穀を混ぜたごはん、根菜の味噌汁——こうした血糖値がゆっくり上がる食事は、子どもの機嫌を静かに、しかし確実に支えてくれます。

もうひとつ。ごはんを食べているときの子どもは、世界でいちばん平和です。スプーンを口に運んでいるときだけは、自由も反抗も一時停止する。「あ、いまこの子は”人間”じゃなくて”生き物”に戻ってるな」と感じる瞬間が、わたしは好きだ。

それから、もうひとつ。

冒頭でお伝えしたように、うちの子にはイヤイヤ期がほとんどありませんでした。当時はよかったと思っていたけれど、今になって思うことがあります。

高校生になると、もっと扱いにくくなります。

あの頃に戻れたら、2歳のイヤイヤなんてへっちゃらだと思う。むしろかわいい。「靴を履かない」なんて、笑いながら抱きかかえて車に乗せられる。力でも勝っている。機関銃のような屁理屈を浴びることもない(笑)

10年20年先、家族で食卓を囲んでいるとき、「あのころ靴を履かなくてさあ」「ごはん投げてたよね」と笑い話になる日がかならず来ます。イヤイヤ期の今は、未来の食卓を豊かにするネタを仕込んでいる真っ最中です。

はやま

哲学者たちが何と言おうと、これがわたしの食卓アドバイス。まずおにぎりを食べさせてみてください。イヤイヤ期は、満腹の前ではだいたい無力ですから(笑)