ハブ茶は、毒蛇を漬け込んだお茶?——変なお茶と、母の夏

ハブ茶

「ハブって、あの毒蛇の?」

子どもの頃に飲んでいたお茶の話をしたら、妻と娘が目を丸くした。

「そう。ハブを漬け込んだお茶」

二人の顔が同時にゆがむ。

ぷっ、と吹き出してしまい、下を向いて笑いを噛み殺すのに必死だった。その場で種明かしをするつもりはなかったから、太ももをつねってなんとかこらえた。

しばらくして関西の実家に帰省した際、妻が真顔で母にその話をした。そのとき初めて妻と娘はハブ茶の正体を知った。

「なんだあ、もう」

僕は妻に小突かれ、食卓にどっと笑いが湧いた。

ハブ茶の正体

ハブ茶はマメ科の植物、エビスグサの種を焙煎して煮出したお茶だ。もちろん蛇は入っていない。でも毒蛇とまったく無関係というわけでもない。

ハブ茶の名はもともとハブソウという別の植物に由来する。ハブに咬まれたとき、葉を揉んで傷口に汁をすり込む民間薬として使われた草だが、ハブソウは収穫量が少ない。そこで、よく似た性質を持ち、栽培しやすいエビスグサが代用されるようになり、名前だけが残ったのだ。

つまりハブ茶は、蛇を漬け込んだお茶ではなく、蛇に咬まれたときに使う薬草の名を受け継いだお茶なのだ。名前は物騒だが、やさしいお茶である。

父は昔、畑でエビスグサを育てていた。秋になると収穫し、さやを天日で乾燥させる。そのあと母が中の種を取り出して焙煎する。それを毎年、当たり前のようにやっていた。考えてみると相当な手間である。

子どもの頃、僕も種を取り出す手伝いをした。さやをぷちぷちと割って、小さな種をつまみ出す。いま思うと地味で根気のいる仕事だが、当時は楽しんでやっていた。

友だちからは総スカン

そうして出来上がるハブ茶には、独特の風味がある。焙じたような、少し土っぽいような、なんとも言いがたい味だ。僕は最初、とても苦手だった。

夏の暑いさなか、友だちと外で駆け回って遊んで、みんな喉がからからになったとき、「うちでお茶飲んでく?」と声をかけたことがある。みんな一斉に首を振って、勝手口の横の水道から生水を飲んでいた。うちのお茶は変な味がする。そんな評判が、近所の子どもたちのあいだに広まっていたのである。

そのとき母がどんな顔をしていたか、なぜかよく覚えている。笑っているようで、少しだけ寂しそうな顔だった。健康のためにと手間暇かけて作ったお茶が、よその子どもたちから水道水で拒否され、総スカンを喰らったのだから無理もない。

いまは懐かしい変なお茶

ハブ茶にはカフェインが含まれていない。ほのかな甘みがあり胃腸にやさしい。冷やしても飲みやすいから、夏場の水分補給に向いている。父がわざわざ畑で育てていたのも、母が毎年手間をかけて作っていたのもそういう理由からだったのだろう。子どもの体を思えばこその、あの変なお茶だったのである。

当時はおいしいとは思えなかったけれど、いまなら味わって飲める気がする。スーパーやネットでも手軽に手に入る。父が育てたものと同じかどうかはわからないが、あの夏の味がどこかに残っているはずだ。

近いうちに取り寄せて、麦茶のような顔をして妻と娘に出してみるつもりだ。二人はきっと顔をゆがめて言うだろう。変な味、と。

そのとき僕はあの夏の母と同じ顔をしよう。笑っているようで、少しだけ寂しそうな、あの顔を——。